益子焼の食器
益子焼は江戸時代の終わりからの長い歴史を持つ、栃木県益子町周辺の焼き物。 少し厚みのある可愛らしいフォルムと、伝統的な色が特徴です。伝統と先鋭的なデザインを融合させながら、様々な作風のうつわが作られています。
【益子焼について】
益子焼は、茨城県の笠間焼と並び関東を代表する焼物のひとつです。
江戸時代末期に栃木県益子町で誕生し、主に鉢や水がめ、土瓶などの台所用品が生産されてきました。
明治時代になると、さらに益子焼の需要が高まっていき窯業も勢いも増していきました。
現在、益子には250にもおよぶ窯元があるとされ、国内外から多くの陶芸家がこの地に居を構え、陶器の製作に励んでいます。
益子焼の特徴は、肉厚でぽってりとした質感にあります。陶土は砂気が多く、粘性が少ないので細かい細工にはあまり向かないことからどうしても厚めにつくられるそうです。
手に馴染みやすいしっとりとした触り心地や、素朴な風合いが魅力的な焼き物です。
濱田庄司と「用の美」
益子焼を語るにあたり、「濱田庄司」と「用の美」、「民芸運動」は避けて通れません。
明治時代末期になると近代化の流れから東京では人々のライフスタイルが変わっていき、日用品に金属製のものも普及し、昔ながらの陶器の需要も次第に落ち着いていきました。
まさに益子焼にとっても危機的状況だったのですが、それを救ったのは大正13年に起こった「民芸運動」でした。
1924年、著名な陶芸家・濱田庄司がこの地に移住し、「用の美」に着目した柳宗悦らと共に民芸運動を推めるかたわら、地元の工人たちに大きな影響を与え、益子焼は 「芸術品」としての側面も、もつようになります。
民芸運動とは、日常的な暮らしの中で使われてきた手仕事の日用品の中に「用の美」を見出す日本独自の運動です。
この運動を主導したのが、著名な陶芸家で人間国宝にもなった濱田庄司です。
濱田は益子町に住み、「用の美」という考え方のもとに多くの作品を残しました。
「用の美」とは、名の知れない職人が作った日用雑器など、庶民の中で生まれた工芸品の中に美しさを見出し、それを使っている人の姿に美しさを感じるという思想です。
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